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喫茶文化の紹介

茶堂と茶屋

峠に着くと新しい風が汗ばんだ頬を撫でていき、見下ろすその先にはこれまでとは別の新しい世界が広がっているような感じがします。おおげさに言えば、峠は二つの世界の境にあり、境界線の役割を果しています。

峠につきものなのが、時代劇に欠かせない峠の茶屋。店先の床几(しょうぎ)に腰掛けて茶をすする旅人、といったような光景が目に浮かんできます。峠に茶屋があるのは、旅人の求めに応えるというのが第一の目的でしょうが、もうひとつ、古い信仰がその下地にあると思われます。それは、峠が二つの異なった世界の境界に位置するということと関係しています。しかも、茶屋という言葉自体別な意味をもっているのです。

三重県の海岸部では、村人が海岸に集まって初盆の供養をしますが、そのとき、供養の塔婆を安置したテントのことを茶屋とよんでいます。浜松市などで盛んな盆行事である遠州大念仏では、この世に帰ってきた祖先の霊が、茶屋で子孫から茶の接待をうけるという文句が歌われます。つまり、茶屋というのは霊に茶を飲んでもらう施設、という意味もあるのです。この世とあの世。こっちの世界とあっちの世界。茶屋はまさに異なった世界を出入りするための、境界越えの儀礼を行う場でもあったのです。

四国にはあちこちの村はずれに茶堂という、ちょうど辻堂のような建物が建っています。毎年お盆の近くになると村人が交代でここに詰め、通りがかった旅人に無料でお茶とお菓子の接待をします。おそらく、旅人の姿に、盆に帰ってくる自分たちの祖先の霊を重ね合わせているからでしょう。ここにも茶屋に通じる境界越えの儀礼が隠されています。

(中村 羊一郎)

茶堂

茶堂(高知県高岡郡)

茶堂

茶堂(高知県西土佐村岩間)

茶堂

茶堂(高知県西土佐村)の内部

参考文献および写真提供:旧金谷町お茶の郷博物館